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| 投稿者:[ もぐら ]
投稿日:[ 2007年03月30日(金) 17時02分02秒 ] |
惜秋 村山美恵子
10.2何を思ひ逃亡図りし大根か、ふとぶとと足二本をつけて。
二股の大根を見て、なにや知らずそれが色香に迷ひけるかな。 もぐら いのちとふ逞しきものを見たりけり、石垣の間より出でし大根。 もぐら
13.1戻りくる夫と信じて送り出す。この気楽さよ、朝な朝なに。
門を出でてかへらざる日のあらむ、とは思へどけふは朝の気のあり。 もぐら 七人の敵より八人目の敵の、手ごはしと思ふ帰宅どきかな。 もぐら
16.2ゆきずりの命ひとしく預けむ、と列をなせり。搭乗開始寸前。
人なべて飛行機に乗るが当然、と思ふのみなるいまどきの旅。 もぐら 足の出ぬ飛行機なれども、乗りしゆゑに旅の予算は足出でにけり。 もぐら
21.1父のインバネスの内温かりき。窓近く翔べる鴉の羽のひろがり。
天狗ゐしなどとふ記憶のよみがへる、インバネス着る人の古写真。 もぐら 鳶ならぬトンビの如きインバネス、着てゐし父がことをし思ほゆ。 もぐら
30.1おそらくは人を初めて見しならむ。山小屋にまぎれ込みたる蟋蟀。
何のゆかりたよりなかりし蟋蟀と、一夜をい寝ることあはれなり。 もぐら こほろぎを鳴かせし我よ、と思はねど、後ろめたきの山の宿かな。 もぐら
36.1元旦のホテルの遊技場、誰もゐず。不意にさぶしゑ、夫は癌病む。
癌なり、と何ゆゑ早めに知るを得ざる。疑ふこころが悲しかりけり。 もぐら 告知したき医師ならばさせよ。したくなきならば無理してせずにあらまし。 もぐら
41.2わが肩を借り歩まむ、とまはしたる歳月ながく触れざりし腕。
頼ることあるまじとせし妹が腕に身を寄せて、なほかなしかりけり。 もぐら 目を閉ぢて昔の肌をし思ひけり。懐かしきこと、如何にすべきか。 もぐら
44.2健康な人らあふれてさざめけり、看取り疲れの乗る地下鉄に。
明日死なむ人を抱へし我が身ゆゑ、人並とふこと思ふえざりき。 もぐら 思ふ如く四肢の動くを健康、といふならばかつてさることありき。 もぐら
50.1出席の叶はざりにし理事会を、テレビニュースに夫は見てをり。
思ふ如くならず欠席つづけたる委員会、今如何にあらむや。 もぐら 委任状はんこをつきて、何となく義務はたせしが如くに思ほゆ。 もぐら
57.2返せ返せ、夫をかへせ、とひたに叫ぶ三色に滲むスケジュール表。
通院の予定ばかりとなりにける、病むこと多き我が手帳かな。 もぐら 病院の予定の無きを健康と人は言ふらし、健診を除き。 もぐら
60.2可能性のすべて閉ざされたるが死ぞ。正五位勲五等双光旭日章。
褒賞を貰ふより人に与ふるの立場にあらむ、となほも思へり。 もぐら 受賞せしを祝ふとふこそめでたけれ、我に多少の恨みありとも。 もぐら
61.1耳を塞ぎ美恵子の泣き声聞くまじ、と叫びしよ、意識混濁の夫。
永遠の別れなりしに涙の出でざるを、あまりに重きがゆゑと思へり。 もぐら 情がゆゑにかなしと思ふにあらざりき。これも生よ、と思ひしゆゑなり。 もぐら
63.1亡き舅姑へ夫を戻す寂しさに襲はれてゐつ、納骨の朝。
いづれまた我も入らむの過去帳に、人の名を書き、はたと閉ぢたり。 もぐら 我ら共に入らむの墓ゆゑ、是非もなく価の安きに決りたりけり。 もぐら
72.1所得税、相続税を納付せり。こののち国の無為徒食の徒。
ゐし人に代りて税を申告す。多少の遺恨も消えし心地す。 もぐら 残すほどの遺産無ければ、申告の労をしとらむ人に詫びたり。 もぐら
76.1君も君も夫あり子あり母ありて、たったひとりの吾なる不思議。
結び来しふしぶし多くつらなりて、我が身をなほもこの世に繋ぐも。 もぐら 逢ふことのありせば共にありにしを、人ゆゑえにしはまた裂かるなり。 もぐら
93.2立春の日射しあかるき亡き夫の部屋に書を読み、留守居のここち。
ただいま、と帰りこむべく帰り来ぬ人のみ偲ばゆ、春の午後かな。 もぐら 広くあらぬ心の我も、しばらくは無為を楽しむ春の午後かな。 もぐら
97.1あることは三度の三度目また逃げて、逃がしてしまふことの三度目。
似たやうなることはあまた度あるがゆゑに、ただひとたびを忘れゐるなり。 もぐら 悪しきことは一日三度と決りたれば、四度あるけふは大凶日なり。 もぐら
106.1村上、はた、村山美恵子。いかやうにも呼べかし。吾は吾にて答ふ。
のだめのだめ、のだめとふ名に意味のあるを知りにしゆゑにのだめのだめ、なり。 もぐら 名付けしは親とは知れど、七十年それにて過ごせば血肉となるなり。 もぐら
113.2鉢合はせにまた電話あり。人恋しく思ふ周期の似る二人らし。
金貸せ、と金貸したしの鉢合はせ。実現せしまた人智なりけり。 もぐら 金貸せと金貸せのみにて、貸して呉るる人なき京も秋の暮かな。 もぐら
122.2待ち合わせ場所への身支度する如き思ひきざしつ。夫の忌の朝。
慕ひゐし人の二三は忘れずにゐしが嬉しき、十三回忌かな。 もぐら ゐし人はゐるが如くに思ふらし、今朝また隣の床を見にけり。 もぐら
139.1真夜中に茶漬けを喰ふ悪癖の戻り来つ。鬱去りゆくらしも。
物食ふを嬉しと思ひしことなくて、深夜に一杯の茶漬恋ひけり。 もぐら 腹減るは悲しかりけり、さ、と茶漬つくり給ひし人しなければ。 もぐら
154.1五万年の氷漬けなりし南極の酸素、気管を今通りたり。
スコッチをとくとくそそぎて、ちち、と音をたてゐる氷よ、おん年幾つか。 もぐら ペンギンの何やらもまた凍り入らむ、南極氷を有り難かりけり。 もぐら
157.2淡き月かかげる空の青淡く、年改まるといふことあはし。
しがらみの無き朝ゆゑに晴れにしか、無為のこころに東を見たり。 もぐら 共に年を取りたりけるに、今年より我のみひとり年を取り行く。 もぐら
188.1今行くてふ電話、どこからかけにしか分からぬままに待つ四十分。
あの世よりかけ来る電話のかそけくも、虚しきこころにけふも響くも。 もぐら 待つといひて待つすべも無き旅立ちを知らず待ちゐる、我にしあるらし。 もぐら
195.1幸福の木に青白き花咲けり。花に逢ひたることのしあはせ。
二人ゐて幸せなりしが、一人たりし頃、また一人となりたる今も。 もぐら 共にゐしころ懐かしや。その頃の花も咲きけり、けふまた咲きけり。 もぐら
村山美恵子 昭和11年 旧満州生 昭和42年 水甕 歌集 朔回 漂寓 編著 夫 村山務 藤間流、大蔵流
歌集 惜秋 村山美恵子 平成十年九月二十八日印刷発行 短歌研究社 ISBN-4-88551-413-4 C0092
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| 投稿者:[ 村山美恵子 ]
投稿日:[ 2007年09月26日(水) 18時08分50秒 ] |
[28]2007年03月30日(金)に『惜秋』を現代短歌研究室でお取り上げいただきながらお礼が大変遅れまして失礼致しました。 今年は『尾上柴舟大正期短歌集』の編集と校正にかかりきりで、こんな楽しい短歌のコラムがあるとは気がつきませんでした。 拙詠よりもぐら様のお作品のほうが断然楽しい!。 挽歌にもご想像を働かせてのパロディに只々脱帽です。特に「わが肩を借り歩まむとまはしたる歳月ながく触れざりし腕」に「頼ることあるまじとせし妹が腕に身を寄せてなほかなしかりけり」は亡夫が喜ぶことと存じます。 10月3日は亡夫の13回忌ですが、印刷して今から供えます。 ついでながら亡夫のプロポーズしました日は十三日の「金曜日」でした。 もろもろありがとうございました。 もぐら様の御建詠をお祈り申し上げます。
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| 投稿者:[ もぐら ]
投稿日:[ 2007年09月27日(木) 08時03分06秒 ] |
村山美恵子様、 この度は、貴歌集「惜秋」を拝読させて頂き、本当にありがとうございます。 また、私の歌も、ご高覧頂き、まことに光栄でございます。 どうかまた素晴らしいお歌を拝読させて頂きますよう。尾上柴舟歌集、出来ましたら、 ぜひ拝読させて下さい。 ご主人様の一三忌。合掌。
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